##「ここに判子を押すだけ」 引き出しから取り出したA4一枚がベッドの上に静かに落ちた。ユリは先に男性の名前を記入してから切り出した。
最小限の休息、最大限の耽溺。 小さく整った文字で書かれた6項目。一番上にはこうあった。
- 2025年7月1日から12月31日まで、相互の同意のもと第三者との性的関係を結んでもよい。
ユリの指先についたネイルシールが仄かに光った。10年ぶりに変えた真紅のカラーだった。彼女はペンをテーブルで転がした。
「一人ずつにして。でも誰なかは言わなくていい」
渇望の匂い
二人は知っていた。お互いの身体にこれ以上の未知がないことを。指先が触れても反応のない箇所が増えていた。
ユリはシャワーを浴びるたび、『もう全部見尽くした』という言葉が鏡に滲むのを感じた。ジフンはユリの髪の匂いを嗅いでいてふと「あぁ、これは確か母親の匂いだった」と首筋が冷えた。
契約書はその渇望の味を一瞬で刺激した。 新しい肌、新しい息遣い、新しい境界。 10年間一度も味わえなかった“初めて”が戻ってきそうだった。 だから二人は目を合わせられなかった。鉛筆を持つ手が微かに震えた。
あなたが誰を抱くか想像した瞬間から、すでにあなたを失っていたことに、私は初めて気づいた。
7月、ジフンの部屋
ジフンは会社の新入社員ヒジンと初めてキスを交わした。飲み会の席で、いつも勘の鈍い先輩が焼酎を注ぎながら言った。
「おい、最近うちのチームのジフンが変だぞ。なんか明るく燃えてる感じ?」
ヒジンはトイレに続き込んできた。二人は口の中に互いの舌を押し込めて、息を小刻みに止めた。
ジフンは手の甲でユリに無事メッセージを送った。 『ご飯食べた?俺はまだ』
その夜、ユリはひとりベッドに横たわっていた。枕に残るジフンの髪の匂いより、ヒジンのリップグロスの香りのほうが先に浮かんだ。
8月、ユリのリビング
ユリは高校の同級生ミンスと連絡が取れた。彼は離婚2年目で、子供一人のシングルファザーだった。
昔みたいに煙草を吸おうとするミンスの手を掴んだ。 「ここ禁煙なの」
ミンスは笑って煙草を置き、ユリの手の甲に口づけた。二人はソファに横たわり、お互いのボタンを一つずつ外した。
ユリはジフンが履いていたジーンズと同じ色のジーンズをミンスに脱がせた。 だから目を閉じた。
9月、共通口座
旅行資金として貯めた500万円が6ヶ月で半分になっていた。 宿泊費、プレゼント代、後ろめたさ。
ジフンはユリに内緒でヒジンに70万円のバッグを買った。 ユリはミンスの子供のお誕生日会に祝儀100万円を包んだ。
二人はお互いの支出を確認しないことにした。銀行アプリのプッシュ通知をオフにすれば終わり。 しかし家に帰れば、二人はこっそり互いのスマホを覗き込んだ。
ジフンはユリとミンスの深夜の通話記録28件を発見した。 ユリはヒジンからの『今夜も恋しい』というメッセージを見た。
それからというもの、家の中で「ごめんね」という言葉は消えた。
欲望の影はなぜ私たちを照らすのか
心理学者たちはこれを「次の段階への不安」と呼ぶ。 10年という時間は十分に長く、未来がすべて見えてしまう。 結婚、出産、育児、離婚、老後。
一歩先もわからない『新しい肉体』は、その不安を一瞬で吹き飛ばす魔法の薬だ。 しかし私たちは知らない。 新しい肌は結局見知らぬ匂いとして残り、慣れた手触りはいつか恋しくなることを。
だから契約が終わる日、二人は互いの胸に抱きついて泣いた。 ユリはジフンの胸に耳を当てて言った。
「誰と寝たかは知らないけど、あなたが私を離れたってことはわかった」
契約書の端
12月31日の夜、ユリとジフンは契約書を再び取り出した。 二人はペンを持って、それぞれの名前の上に大きな×を書いた。 そして互いを抱きしめた。
しかしユリはミンスに送った最後のメッセージを消せなかった。 ジフンはヒジンの誕生日プレゼントをまだクローゼットに隠していた。
あなたなら、6ヶ月後も同じベッドで『それでもやっぱり君が一番だった』と言えますか? それとも新しい契約書を手に『今度は1年にしてみる?』と笑って聞いてみますか?