そろそろシャツのボタンを外しかけたときだった。彼が先に低く呟いた。 「下着の写真は撮らないでおこう。」 指先がぴくりと縮こまった。今まで唇で熱を灯してきた肌が、瞬きのうちに冷めていく。まるでベッドの奥に並んだ元カノたちの革製アルバムをそっと閉じる音のように、湿り気のあった空気に鋭いタブーを刻んだ。
鍵のかかった引き出しのような声
撮らない?どうして? と聞きかけてはやめて、何十回も胸の中で転がしていた。そのとき彼は、すでに私を押しのけていた。キスを重ねながらも、彼の手の甲はポケットの中のスマートフォンをそっとなぞっていた。半脱ぎにされたブラを元に戻す手つきがあまりに慣れていて、下着のホック一粒一粒が彼の過去の恋人の名前に見えた。
下着の写真は存在しない。けれど彼の身体は、それで埋め尽くされていた。
熱い体温、冷たい枠
43歳の男のカリスマは温度差から生まれる。真昼の陽射しのように温かくも、一枚の写真で氷柱へと変わるスイッチ。淫靡だった空気がたちまちもやもやとした地点へ流れるのは、彼の手慣れたさゆえだ。
彼は言った。 「撮っておくと、あとで消さなきゃでしょ。」
消す。その言葉が首筋をくすぐった。消去する機会が多かった人なのだ。そしてその“消去”は、いつも彼自身でなくては気が済まないクセでもあるのだ。消しきれずに残った一枚の写真が、彼の体温計をねじ曲げてしまったことがあるのだろうか。
事例①:ミンスとガラスのコップ
ミンス、43歳、広告会社部長。昨年、ユリジンと出会って十日で彼女のマンションへ向かった。ベッドの枕元に置かれた透明のコップが目に入った。中には黒のレースブラレットが入っていた。水ではない。まるで剥製のように乾いた状態だった。
ユリジンがシャワーを浴びている間、ミンスはコップを手に取った。丁寧に包装された愛情が伝わってきた。口の中が渇いた。スマートフォンを出してコップを撮ろうとして、手を止めた。三年前、彼は同じように誰かの下着をコップに入れて贈った過去を思い出した。
ユリジンが戻ってきて二人はベッドに横たわったが、ミンスは下着に触れることができなかった。指先が冷たくなったのを彼女も感じ取ったのか、額を寄せ合って囁いた。 「私たち、写真だけは撮らないでおこう。」
ユリジンは微笑んだ。ミンスは悟った。彼女も自分と同じくらい熱い傷を抱えていることを。二人は胸が触れそうで触れないまま、吐息だけで互いを探った。
事例②:ジェヒの消しゴム
ジェヒ、43歳、ITスタートアップ代表。彼は前回の恋で“消しゴム”という異名をつけられた。恋が終わるとデジタルの痕跡をすべて消し去るからだった。スマホのギャラリーはもちろんクラウド、ノートPC、タブレットまで。
けれど一度だけミスった。元カノハウンのブラックシースルーネグリジェを撮った写真が、隠しフォルダに残っていたのだ。新恋人スジンがそれを発見したのは付き合って三ヶ月のときだった。
スジンは写真を見て尋ねた。これは私が着ているの?それとも知らない女の子?
ジェヒは答えられなかった。写真は削除したが、スジンの瞳はすでに凍りついていた。その日からジェヒは“下着写真”という単語さえ口にしなくなった。そして女性をデートに誘うたび、ベッドに入る前に決まって呟く。 「写真は撮らないでおこう。」
写真はないけれど、身体は記憶する
43歳の男はもう撮らない。かわりに指先で、唇で、瞳で記憶する。神経の一本一本をフィルムにして、相手の温度を刻み込む。だからこそ熱い。永遠に消せないような錯覚を贈る。
下着の写真が存在しないという事実は、彼の執着がより深いという合図だ。隠さねばならない強迫、消さねばならない義務。彼は熱と冷の間を跳び箱のように飛び越える。
なぜ私は、彼が消しきれなかった写真を想像しながら身体を溶かすのだろう。
あなたが消せなかった一枚
読者のあなたも、きっとそうだったはず。元カレが撮ってくれた下着写真を消せないまま、新しい人と目を合わせた瞬間、突然昔のまなざしがチカッと光ったこと。あるいは新しい人に撮ってほしいと願いながら、自分自身をモザイクするように隠したこと。
43歳の男の“冷たいベッド”は、結局私たちが消せなかった一枚の写真への反動なのだ。保護膜であり壁でもある。彼はもう欲望をデジタルで証拠づけない。生きた皮膚に刻む。そして離れるときは、その皮膚さえも剥がれるほど。
最後の温度
だから、あなたは今も消せなかった下着写真を抱えたままなのだろうか?