「今夜は…いけるかしら」
夜11時47分、インヘは化粧室の鏡の前でリップをもう一度塗り直した。先週買ったローズベージュ。夫に内緒でこっそり手に入れたものだった。鏡の奥の瞳はうつろだった。
こんなにしてまたスルーされたらどうしよう。
寝室に戻ると、スンジュはすでに背を向けていた。布団を首まで引き上げ、スマホのニュースばかり見ている。10年前、このベッドはまだ熱い炭だった。今は冷たい石ころ。
インヘはそっと声をかけた。
「最近、会社はどう?」
「普通」「疲れた」「私も」「今日残業で…」「あぁ、めんどくさいもう寝よう」
明かりが消えた瞬間、インヘはこっそり指でスンジュの前腕をそっと撫でた。反応があるかと思ったが、彼はぱっと腕を振り払った。
バッテリー切れのおもちゃみたい。
傷ついた欲望の顔
夫婦のベッドは秘密の会議室だ。でも会議はいつも賛否両論の投票ばかり。賛成票が1枚足りない。
欲望は機会費用。妻は子どもが寝た隙を狙い、夫は飲み会が終わった隙を狙う。2つの隙はお互いにゴールではなくスタート地点。タイムラグは正確に3時間。3時間は欲望を傷つける魔法の時間。
「私が欲しているとき、君は存在しなかった。君が私を欲したとき、私はもう君を欲していなかった」
この一文はすべての結婚の真実、あるいは呪い。
いつからすれ違っていたのか
事例1:スジン&ジェヒョク、結婚6年目
ジェヒョクの火が点いたのは午後2時だった。会議室で資料を作っていたとき、ふと昨夜シャワーを浴びていたスジンのうなじのラインが脳裏に浮かんだ。彼はスマホを取り出し、密かにメッセージを打った。
【今夜、君と…したい。】
スジンはこのメッセージを夕方7時に見た。保育園のお迎えを終え、買い物を済ませ、夕食の準備をしながら。彼女はため息をついた。朝起きたときは自分も熱かった。でも今は子どもの服についた土、重たい買い物袋に疲れ果てている。彼女はトイレに座り、返信を書いた。
「ごめん。今日は本当に死にそう。明日の朝はどう?」
ジェヒョクは9時半の帰宅途中で返信を見た。もう今日一日を終わらせる気持ちだった。
明日には明日の疲労がある。
こうして一日は二度すれ違った。
事例2:ハヨン&ミンス、結婚9年目
ハヨンにとってはある週末の朝だった。子どもたちが義両親の家に行くことが嬉しい反面、なぜか切なかった。騒がしい家が静かになると、空いたベッドが怖い。
ミンスはリビングのソファでノートPCを開いていた。彼女はそっと近づき、口を開いた。
「やっと二人きりの時間ね」
ミンスは目を離さなかった。
「あぁ、今日締切あって…ただ休みながら仕事したい」
その一言でハヨンの身体は冷めた。理由は知っている。ミンスが欲望を感じるのは午後3時頃。それは単純だった。その時間になると昼寝の眠気が来て、カフェインが効いて、子どもたちが帰る前だ。
でもハヨンはその時間、買い物、洗濯、子どもの準備で忙しい。このズレは2年前から徐々に広がっていた。
なぜ私たちはこの不可能な欲望の循環に引き寄せられるのか
人間の欲望は同時性を渇望する。私があなたを欲しているとき、あなたも私を欲していてほしいという、理不尽な要求。
でも結婚はタイムゾーンを共有する生活ではなく、タイムゾーンを合わせる連鎖作業。
欲望のタイミングがずれるとき、私たちは二つの事実を発見する。
- 相手の欲望は私とは別の生態系だということ。彼は朝起きたて、私は夜の虚無の時間に熱い。私たちはお互いの「オフピーク」に燃えている。
- 欲望のバッテリーは同時充電が不可能だということ。一方が充電されるとき、もう一方は放電される。これは暴力的な構造。
だから夫婦はお互いに罪人になる。執着はここから生まれる。
私が欲しいときに、あなたは欲しくなきゃダメ。
拒絶は傷をつける。傷は復讐を生む。復讐は無視だ。無視は新たな欲望を生む。
あなたは今この瞬間、誰を欲しているの
この記事を読んでいる今、あなたの隣の人はどこにいる?寝顔?リビングのソファ?それとも今ごろ飲み会で誰かと笑っている?
ベッドはまだ温かい?それとも氷の上?
あなたは今、誰を欲している?そしてその誰かは今、あなたを欲している?
欲望のタイミングがずれる瞬間、私たちは結局お互いから何も得られずに目覚める。
あるいは、何も得られずに眠る。
その空いたベッドの片隅、あなたが横たわっていない理由は何?