3月17日午前2時14分、彼女は最後に送ったメッセージを消した
「本当に行くの?」
たった3文字だけが残り、すぐに画面から消えた。 僕は返事もしなかった。車を走らせながら、意味もなく左ウインカーをずっと点滅させていた。あの日から、彼女は僕にとって“故人”になった。
欲望の解剖:なぜ去るほうが傷つくのか
6年。2190日。一緒に買った筍の水煮の缶詰さえ空にしなかった。 僕は置き去りにした。彼女は置き残された。けれど、どちらがより苦しいのか?
去る者はいつだって“また”置き去りにできる。
出て行く直前、僕は彼女が貼った付箋「今日は必ず1時までに寝ようね」を剥がしながら、手の甲に彼女の香りを染み込ませた。まるで判子のように。 それで終わりだった。
しかし本当の欲望は別にあった。 僕が出て行っても、彼女はここにいなければならない
部屋の持ち主は僕だったが、部屋の魂は彼女だった。 僕が持ち出したのはコーヒーカップ2つと猫2匹だけ。あとはすべて彼女のもの。 置き去りにしながらも、その場に居てほしいという欲望が僕の中に生きていた。
リアルすぎる物語:ミソとイェリン
ミソの場合 – 29歳、マーケティングコンサルタント
ミソはサムジルに住むお弁当専門店の店長だ。 恋人ヒソンと6年一緒に暮らしたが、去年クリスマスに別れた。 理由は単純だった。「なんか……息が詰まるんだ」
ヒソンはその一言で3日後にワンルームを引き払い、チョンノンドンの単身アパートへ移った。
1ヶ月後、ミソは地元の常連カフェでヒソンの妹とばったり出会った。 「お姉さん、お兄ちゃん……お酒飲むと『俺は何が足りなかったんだ』って泣くんです」
その夜、ミソは一人で家に帰ると、玄関に置かれたトッポッキのテイクアウト袋を見つけた。 ヒソンの好きな店。袋の中には黄色の付箋が1枚。
これ……私が間違えて頼んじゃったから。捨ててもいいよ。
ミソはそれを冷蔵庫に入れた。1ヶ月経っても食べないトッポッキにカビが生えた。 カビが広がる間に、ヒソンはインスタグラムを非公開にした。 プロフィールには「何もなかったことに」という一行だけ。
1ヶ月後、ミソは近所のスーパーでヒソンの母と出会った。 ネギの袋を抱えて泣いていたおばさん。ミソは顔を背けた。 その夜、ミソは一人で焼酎を飲みながら泣いた。 *なんで私が泣いているの?*置き去りにしたのは自分なのに。
イェリンの場合 – 31歳、小学校教師
イェリンは6年間付き合った彼氏ジヌに「一緒に未来を描こう」と言われた。 その裏があった。 「僕たちの未来に……君がいない未来も含まれるかもしれないね?」 ジヌはそれで終わりにした。
イェリンは前日まで二人で食べていたおかずを全部捨てた。 翌日、ジヌは荷物をまとめて釜山へ下った。 そして2ヶ月後、イェリンはインスタストーリーでジヌの手に彫られたタトゥーを見た。 『Liber』――ラテン語で自由。
その夜、イェリンはジヌのマンションへ行った。 玄関には確かにジヌのスニーカーはなかった。 それでもイェリンは30分間インターホンを鳴らし続けた。 誰も出てこなかった。 隣人が顔を出して「この部屋は1ヶ月前に空きましたよ」と教えてくれた。
それからというもの、学校の廊下で子どもたちが騒ぐ声を聞くだけで耳が遠くなった。 *彼のいない未来。*その言葉が鼓膜を貫いた。
なぜ私たちはこれに惹かれるのか
実は単純だ。 置き残された人は死なない。むしろ置き去りにしたほうが屍を引きずる。
心理学者ルイス・アルプークは「関係の負の憑依(negative possession)」という概念を定義する。 去る者は自分が去ったと信じているが、実は去れなかった感情を相手に転移している。 つまり、僕は体だけ出たが、彼女の中に僕が残ったのだ。
だから崩壊したのは彼女ではなく、僕が残した「僕」だ。 僕が消えた後、彼女はその空白に僕の姿を育て続けた。 まるで死んだ僕を育てるように。
結局、彼女が崩壊したのは、僕が残した死んだ僕を食べて生きていたからだ。
最後の問い
去ってから6ヶ月、僕は新しい街で新しい恋人の腕を掴んでいる。 ふと彼女のことを思い出す。彼女は今、どこにいるのだろう。 もしかして、まだ僕の死んだ部屋の一室を掃除しているのではないか。
あなたが置き去りにした人の体に残ったあなたの体は、どんな未来を夢見ているのだろうか。