キスだけで、って彼女は言った。「服を脱がなくていい」 彼女の声はチョコレートみたいに甘く溶けていった。
僕たちは薄暗いリビングの床に座り、古いプロジェクターが壁に僕たちの影を長く伸ばしていた。まだ僕の手は彼女の手の甲にそっと載ったまま。テーブルの上でビール缶が汗をしたたらせている。
「本当に?」 僕は聞いた。喉がカラカラだった。
彼女は頷いた。 でも契約書はいらない。 その言葉の方が怖かった。契約書があれば、少なくともルールがあるはずだから。
彼女がつくったルール
僕たちは何も言わずに契約を始めた。彼女は静かに目を閉じ、僕は彼女のまぶたにそっと唇を当てた。まるで偶然みたいな、とても軽いキス。まぶたは柔らかくて温かかった。彼女は微笑んだ。
「もう一度」 彼女が囁いた。「今度はここ」
彼女は僕の手を自分の首筋に導いた。僕は彼女の脈拍を感じた。速く打っていた。 彼女も震えているんだ。 その事実に少しだけ安心した。
最初のルールは単純だった。唇はどこにでもよいが、衣服の上からでなければならない。それだけ。でも、この単純なルールがどれほど僕たちを惑わせるか、彼女は知っていた。
欲望の滑り台
僕たちは衣服の上だけで互いをなぞるうち、僕は次第に奇妙な感覚に囚われた。彼女の肩のラインを越えた指は、シャツのボタンとボタンの間に忍び込む虚空をねらった。何も触れていないのに、その部分が一番熱かった。
もしここでボタンを一つ外したら? 想像が僕を誘惑した。
彼女も同じだったに違いない。彼女は僕のベルトの上をゆっくりと指で這わせながら、天井の影を見つめて息を呑んだ。僕たちは何も言わなかった。言葉を交わすことはルールを破ることだから。
現実、あるいは最も真実に近い物語
事例1:ジフとテインの夜
ジフは28歳のデザイナーだった。彼女はパーティーで出会ったテインにそんな契約を提案した。 「今夜は服を着たままでしよう」 テインは最初笑った。でもジフの眼差しが本気だとすぐに気づいた。
彼女のワンルームへ行った。ベッドはない。代わりに広い床に分厚いカーペットが敷いてある。彼らは互いの上着の上だけで手を動かした。テインはジフのブラウスのボタンの上を指でなぞった。何も開かなかったが、ボタンの小さくて硬い質感を感じた。ジフはテインの首筋に手を入れ、髪をそっと撫でた。
長い時間そうしていた後、ジフが囁いた。 「もう、私わからなくなりそう」 テインは首を振った。 「いいんだ。ルールは君が決めたんだから」
でもジフは続けた。 「大丈夫。私たちが決めたルールは、破りたくなるまで守ることなの」
その夜、彼らは服を脱がなかった。でも朝になった時、ジフはテインのシャツのボタンを抱きしめて眠っていた。彼女の目元には乾いた涙の跡があった。
事例2:ミンソとドユンの終電
ミンソとドユンは地下鉄の終電で初めて出会った。ミンソは徹夜で疲れきっていて、ドユンは深夜の空港行き電車を逃した。同じ車両に座っていた。
ミンソが先に声をかけた。 「あの……肩を貸してもらえますか?ちょっとだけ」 ドユンは頷いた。ミンソは慎重に彼の肩に寄りかかった。ミンソの髪の香りがドユンの首筋に染み込む。ミンソは目を閉じた。彼女は彼の上着の上だけに手を置いた。
「ここでだけにして」 ミンソが囁いた。「降りなきゃならない駅まで」
ドユンは彼女の手を握った。ゆっくりと、二つの手が重なった。手の甲に手を合わせ、指を絡め、手首の上へそっと上がる。言葉はなかった。ただ電車が揺れるたび、その揺れが身体を触れさせた。
江南駅が近づいた時、ミンソが言った。 「もう……降ります」 ドユンは彼女の手を離さなかった。 「ここで終わってもいい」 でもミンソは首を振った。 「契約は終わったの。残念じゃなくて……ありがとう」
彼女は降りた。ドユンは彼女の手の甲に残る温もりだけを感じた。
なぜ僕たちはこの偽りの規律に惹かれるのか
なぜわざわざ服を脱がずに、それでも熱くなる契約を望むのだろう? それは、自分が本当に欲しているものを隠したいからかもしれない。
服を脱がなければ、まだ自分を隠せる 服を脱がなければ、まだ拒絶される可能性がある 服を脱がなければ、まだ最後まで行けない言い訳を持てる
この想像上のルールは僕たちに甘い言い訳をくれる。欲望の終点へ向かって駆けながら、まだ始まっていないと信じられる。
その夜、僕と彼女は結局服を脱がなかった。でも朝になると、彼女は僕のシャツのボタンとボタンの間に、ほんの少しだけ指を差し込んでいた。彼女の視線は僕を見つめていた。
「もう……ちょっとだけ?」 彼女は微笑んだ。 「だめ。今日はこれだけ」
彼女は指を抜いた。僕たちは見つめ合って笑った。その微笑は、まだ終わっていないという密かな約束のように見えた。
ならば、今この瞬間もあなたはどんな服の上で、どんな欲望をもうちょっとだけ触れたいと思っている?