「ひとりだけ選んで。今、すぐ。」
カフェ『Flora』の窓際の席。午後4時11分、夏の陽光がガラスを滑り降りてテーブルに拡がった。ジスヌの手の甲に熱い重みが乗ったが、指先はかえって冷たかった。向かいのミンジェの人差し指がグラスを撫でるスピードが次第に早まる。陶磁器のぶつかる音、わずかに凍りついた吐息。ジンウがドアを押し開けると、スキャンダラスな甘い風が忍び込んだ。彼は一歩後ろで立ち止まり、ジスヌとミンジェを交互に見つめた。視線が交わるたび胸が跳ねた。ジスヌはふとジンウの手の甲に刻まれた青い静脈を思い浮かべた。その血管の下を流れる血が、昨夜自分の太ももの内側をくすぐった手と同じ温度であることを知っていた。
ミンジェが口を開いた。喉の奥が波打った。
「今、あなたがその手を取れば――俺たち二人とも終わりだ。戻れない、絶対に。」
一言、一沈黙、一度の震え。その瞬間から、誰かの肉が熱く消えた。
素肌を抉いた一本の欲望
*「ひとりだけ選んで」*という言葉は、もともと三人を同時に断崖の淵へ突き落とす呪文だ。選ばれた者も、選ばれなかった者も、選ばせた者も同時に裂かれる。ミンジェはそれを知っていた。だからこそ、より痛ましい言葉を選んだ。
彼は実際、ジスヌが自分を選ぶ可能性を 0% と見ていた。でも敗北をそのまま呑み込むのは嫌だった。敗北を爆発させて、敗北そのものを贈り物に仕立てる駆け引き。相手の胸に『君が俺を殺した』という文字を刻みたかった。そうすれば見捨てられた者から、見捨てを突きつけた者へと変われる。愛ではなく 罪悪感を永遠に抱かせる方法。
「選ばれないなら、選ばれないことを武器に生き延びるんだ。」
— ミンジェの胸中
一杯目。ジスヌ、ミンジェ、ジンウ
2022年8月、漢南洞ワインバー『ノウル』。ジスヌはジンウの指がグラスをなぞる様子を眺めていた。その指が10日前、自分のブラのホックをちゃんと外した光景が閃いた。ミンジェはその背中をちらちらと盗み見た。口の中がもそもそした。ミンジェが低く笑いながら言った。
「ジンウさん、ちょっとだけ不快にしてくれ。君がジスヌの腕に触れただけで、俺はクソみたいに駆けつけるから。そうすればジスヌは君の味方になるだろう。」
冗談のように聞こえたが、その夜ミンジェは地下鉄の階段の上で二人を見守った。ジンウがジスヌの手の甲をそっと、しかし確実に握り締めた瞬間――ミンジェは携帯を耳に当てて一言だけ残した。
「今、その手を離すな。離したら、俺も離れる。永遠に。」
そしてミンジェは消えた。ジスヌは目の前にジンウを置いても一歩も踏み出せなかった。ジンウはそのまま地下鉄に乗った。ジスヌはがらんとした駅に残り、見捨てられた者と見捨てた者の二つの体を同時に抱え込んだ。
二杯目。ヘジン、ドヒョン、セヨン
今年の初め、城山洞『となり』カフェ。ヘジンはドヒョンとセヨンの間に挟まって座っていた。二人とも5年以上自分を好きだと言っていたが、それは半分当たりの言葉だった。セヨンはすでに恋人がいて、ドヒョンはヘジンを諦めかけていた。それでも三人は終わらせられない三角の上に留まり続けた。
ドヒョンがコーヒーカップを置いて言った。
「ヘジン、二人とも欲しいって?なら二人とも消すよ。」
ヘジンは笑って誤魔化そうとした。でもドヒョンは本気だった。翌朝、ドヒョンは連絡を絶ち、セヨンは出張名目で海外へ飛び立った。ヘジンは一人残り『私が何か間違えたのか』を繰り返した。間違いはなかった。誰かが選択の重さを代わりに背負っただけだった。
痛みを愛だと錯覚する瞬間
心理学者ロルフ・ルックスは『悲劇的選択』で語った。
「痛みは愛の証に成り替わりやすい。痛みがなければ、愛もないのではないかと恐れるからだ。」
その恐れゆえに私たちは時に痛みを選択する。ミンジェもヘジンも、実は去りたくなかったのではない。ただ去りながらも去らせないようにしたかったのだ。相手の胸に焼き印のように自分の不在を刻みつける方法。
君は私を捨てた。
だから君は私を愛している。
— 捨てられた者の逆説
最後のひとくち
今この瞬間、誰かはまた別の三角に座っているかもしれない。もしあなたがその場所にいたらどうだろう。
- 「ひとりだけ選んで」と言う側なら、それは本当に愛ゆえか。それとも愛の名のもとに自分の執着と恐れを永遠に刻みつけようとしているのではないか。
- その言葉を聞く側なら、果たして誰の味方につくだろう。それとも誰も選ばず、その瞬間の熱い沈黙を一生胸に抱いて生きていくだろう。
私たちに選べるのは、結局痛みの量だけだ。
痛みを減らすことはできないが、誰に与えるかは決められる。
そしてその選択は、再び私たち自身に還り血となり肉となる。
その一言、その指先、その視線――すべてが消えても痕は残る。永遠に。