「兄さん、これで一ヶ月だけ」
金俊赫が無言でテーブルに押しやった封筒は、異常に分厚かった。五万円札が輪ゴムでぎゅっと縛られていて、手にするとざらついた皮膚の塊のように感じられた。ソウル駅近くのトッポッキ屋で、昼の客の笑い声が硝子を震わせていた。
俺は封筒を突き返そうとして手を止めた。500万円。それで溜まったカードの支払いがぴったり合う。妻に黙って借りていたローンも帳消しにできる。
俊赫は口を閉ざしたままだった。その目の色は見覚えがある。
これは借金じゃない、贈り物だ。
あなたの財布が震えるとき
俊赫が続けた。
「兄さんが知ってる女の子、いるだろ?エージェンシーに勤めてるやつ。一度だけ紹介してくれ」
スプーンがテーブルに触れた音が、硝子よりも鋭く響いた。
「ただの紹介」という言葉は、俺たちの頭の中ではすでに別の意味に置き換わっていた。
あの女性は俺も知っている、大学時代に俊赫が片想いしていた先輩だ。当時も俺は二人の間に立ち、あれこれと伝言をしていた。
俺がその金を受け取った瞬間、20年の友情が一枚の紙切れのように引き裂かれる音が聞こえたのだろうか。
誰かの財布が開くたびに
俊赫は俺が誰と寝たのかまで知っている。
大学時代、彼が階段の下で嗚咽していた夜があった。俺が隣の部屋の女子学生と何を話し、どんな仕草をしたのか、彼は隅から隅まで把握していた。
それで俺を操ってきたのか。それともただ記憶の中の俺を愛していたのか。
札束の輪ゴムが外れかけて揺れた。俺は封筒をポケットに入れた。いや、入れかけて手を止めた。
俊赫が小さく笑った。
「兄さんがそんなに悩めば悩むほど、あの子は魅力的に見えるんだよ」
二つの結末
ケース1 ― ソウル、2019年
江南でカフェを営んでいた「ミンソ」は、10年の親友「ドユン」から同じ提案を受けた。300万円の封筒と、一ヶ月間の不妊詐欺克服カウンセリング。ドユンは「ただ一緒にいてくれ」と言った。
ミンソは三日後に金を返却し、カフェを閉めた。今は釜山でうなぎ焼き屋を営んでいる。ドユンとは未だ連絡が取れないという。
ケース2 ― 釜山、2021年
「ヒョンジョン」は大学の同窓「ジェフン」から700万円を受け取った。条件は単純だった。ジェフンの元恋人「スジン」との再会を手助けすること。
ヒョンジョンはスジンに嘘でジェフンの癌闘病のニュースを漏らした。四ヶ月後、ジェフンとスジンは復縁し、ヒョンジョンはその金でカフェ開業に成功した。
今でも三人は祝日ごとに酒の席を設ける。誰もあの日の取引を口にしない。見当違いの仲良しにしか見えない。
なぜ私たちはタブーを渇望するのか
心理学者ロバート・チャルディーニによれば、人はタブーを越えるたびに脳のドーパミン回路が爆発するという。
友情・家族・愛といった「関係の聖域」を自ら触れるとき、私たちは同時に二つのものを得る。
- 一瞬の権力感 : 「俺はお前の最も敏感な部分を動かせる」との錯覚
- 永遠の贖罪権 : 「お前は俺を許さなければならない」という無意識の脅し
この二つの感情は、まるで餅つきの杵のようにお互いを削り続ける。
金は単なる潤滑油に過ぎない。肝心なのは「お前が欲している」という事実を相手に刻み込む瞬間だ。
あなたのポケットの中
俊赫が立ち上がった。封筒はまだ俺の指の下にある。
「兄さん、よく考えてくれ。俺もそれだけ悩んだんだ」
彼はレジに向かった。俺が封筒を握ったまま後を追おうとすると、店員が声をかけた。
「お客様、トッポッキ残ってますけど?」
俺は封筒を見下ろす。輪ゴムが一本外れていた。中身が覗いている。
五万円札の間に白いメモ一枚。
「今すぐ去ればいい」
と書いてある。
その金を受け取ることは、20年間秘してきた私の最も暗い欲望を友人の前で晒すことなのだろうか。
それとも、彼はとっくに知っていた俺を、ついに愛することなのだろうか?