恋愛心理研究所 愛と恋愛の心理学

母の隠された顔を見た、バスルームのドアのすき間から

家族の歪んだ欲望を目撃した瞬間、神話は崩れ、私たちは「家族」から「人間」へと格下げにされる。

家族の欲望のぞき見タブー二重生活バラバラの自我
母の隠された顔を見た、バスルームのドアのすき間から

「誰がシャワーしてるの?」

私は返事の代わりに足音を殺した。母が洗濯物を干しているのは知っていたけれど、ドアは半分閉まったまま湯気だけが漏れてきていた。ドアがきちんとロックされないのは今回が初めてではなかった。だから私はその隙間に目をやった。そしてあの日から、うちの温度は静かに変わっていった。

ただの偶然だったのだろうか。それとも誰かがわざとロックを外しておいたのか。


隠された鏡越しに映った光景

隠された鏡越しに映ったのは、想像もしなかった場面だった。母はシャワーを終えたあと、鏡の前でスマホを握っていた。見知らぬ男の声が小さく漏れていた。母はその声に耳を澄ましながら、*「そこで平気なの?」*と囁いた。そのとき私は初めて母の表情を見た。決して世間に見せてはいけない、眩暈がするほどの愉悦が滲んだ眼差し。*あれは母じゃない。*瞬間、頭が真っ白になった。テーブルで父の前で黙ってご飯を食べていたあの母。私が風邪をひいたとき、ぬるめのタオルを3分ごとに替えてくれていたあの母。そして今、ドアの向こうで誰かと陰気な囁きを交わしている女。ふたりは決して同じ人間ではあり得なかった。


地下室へ降りた火種

あの日から私は、ひとりで足を踏み入れたことのなかった地下倉庫を頻繁に出入りするようになった。蓋のない工具箱、古びた古書、そして7年前に父がやめたはずの煙草の匂いが未だに漂っていた。私はそこで母の電話の声色を思い出しながら手を下へと滑らせた。罪悪感ではなく、好奇心だった。あの女は誰なのだろう。数日後、私は母が再びその時間にバスルームへ向かうのを見た。今回はドアをぴったり閉めたが、すぐに隙間が生まれた。父はリビングのソファで鼾をかいていた。私は裸足で歩いた。隙間から再び母の後ろ姿が見えた。今回はビデオ通話だった。画面の男はバスローブ姿。母はカメラをわずかに下に向けていた。

私は呟いた。「これが夢ならいいのに。」


他人の家族の切り刻まれた秘密

友達のスジンが言った。高校2年生の時、彼女もまったく同じ経験をしたという。放課後に家に帰ると、両親の寝室のドアがわずかに開いていた。母ではない女が父の上に跨っていた。スジンは靴も脱げないまま、その場で凍りついた。ふたりは互いの名前さえ呼ばなかったという。「何を見たの?」とも聞かれなかった。私もただ逃げ出した。スジンはそれ以降、家に帰れば耳を塞いで歩くしかなかった。食べ物の匂い、テレビの音、両親の笑い声さえ悲鳴に聞こえた。一学期間、昼休みになると教室の後ろのドアから出て、ひとりで横になっていた。誰にも言えなかったから。


タブーを飲み込む理由

心理学者たちはこうした状況を「トラウマ・ボンディング」と呼ぶ。でも私はもっと正直な言葉が必要だ。私たちは家族の暗い欲望を目撃することで、はじめて「家族」から「人間」へと格下げされる瞬間を迎える。神話が崩れる痛み。そしてその破片を飲み込まなければ外に出られない欲望の沼。問題は、その破片が単なる衝撃ではないということ。実は私たちは母・父が純粋であってほしかったのではなく、彼らが淫らな興奮を抱えているかもしれないという事実にすでに期待していた。幼い頃から誰かのドアの前で足を踏み入れる前に耳を澄ましていた私たちの脳裏には、そっくりな脚本がすでに敷かれていた。


最後のドアの前で

毎晩、私はバスルームの前を通り過ぎていく。ドアが閉まっていれば、ドアノブを軽く揺らしてみる。ロックされているか、今回は誰もいないか。そしていつか再び隙間が生まれたら、私は目を背けるだろうか?それとも今回はドアを開けて、「あなたが誰なのか、私も知りたい」と囁くだろうか?あなたも一度はないだろうか。家族に手を伸ばしながら結局ドアノブを見失ったあの瞬間。

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